『臆病な都市』は、月刊文芸誌『群像』4月号(講談社、2020)に掲載された小説である。
鳧(けり)という鳥を媒介にした架空の新型感染症に対する役所の動勢を描く。
新型コロナウィルス感染拡大の3月6日に発売され、着想はそれ以前であるから、近未来の予言といっていいだろう。
著者の砂川文次(1990~)のプロフィールには、現役の地方公務員だと記されている。
そのためか、役所の日常は写実的に淡々と描かれる。
読み進めると社会的に収束とは程遠い新型コロナウィルスの現状と小説の世界が綯い交ぜになって、行く末がこの小説と重なるように思えて最後は暗澹たる気持ちになった。
本書の主人公も著者と同じ若手の地方公務員という設定である。
役所内外の調整を手抜かりなく行う男性係員の一人として描かれる。
ところで、役所は調整手腕に長けたものが重宝される。
一般に「筆頭課」と呼ばれる部局の主要なポストには調整役が配置され、日々、調整業務に忙殺されるのである。
本書では、著者の実体験もおそらく生かされて、役所特有の立ち振る舞いがやはり淡々と描写される。
対世間、しがらみに役人として正攻法で対応する主人公のやる瀬なさに同情しながらも、下記の文章から私は役所の職員として相応しくなく、挫折したのだということをはっきりと自覚した。
この組織において規定される優秀な職員とは、~略~自身の所属する組織と、相対する複数の組織とのパワーバランスを的確に把握し、波風を立てず、また前例から外れることなく、それでいて自己の組織が持つ権能を拡張させることができる職員のことだ。~略~どう振る舞うべきか、はたまた振る舞うべきでないかを即座に決心し、その決心を共有の名のもとに責任ともども分散させる能力が、行政官に求められるものだ。
『群像』第75巻第4号(240~241頁)
役職の違い、パワーバランス、根回し、仕事の押しつけ合いなど、いまさらながら役所の在り様の理解につながった。
到底、そこに至れない実力不足でもあったし、そもそも向いている方向が違っていた。謝りきれない大勘違いである。
ちなみに、2020年7月31日には単行本も刊行されている。
周囲の感想を知りたいところである。