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挫折の行く末は……

挫折の行く末は……

昨年(2020年)の5月6日に作成した
≪人生のグラフ≫が出てきた。
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3度の落ち込みとその落差の幅よ。
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特にこの5年間は低迷期だった。
それ故の作成である。
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5年前に異動するまで、
仕事には希望しかなかった。
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それが一転したのが2015年の4月である。
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正職員が2名の小さな施設に異動した。
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内示直後からいわゆるハラスメントを受けた。
(当時はそう思っていなかった)ㅤㅤ
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“その人”は前から組織の中で関わりがあり、
根も葉もない私の悪い噂を言いまわっていたことは知っていた。
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直に嫌がらせを受けるようになり、
私の心身は敏感に反応した。
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4月下旬のある日、
年休を取って人事に足を運び、辞職を申し出た。
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職務上、この先ずっとどこかで顔を合わせるであろう
“その人”が変わることはないと考えたからだ。
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ただ、当時の人事担当者の対応は素晴らしく、
見方の存在を得た私は、やり過ごすことにした。
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しかし、翌年も体制は変わらなかった。
組織への不信感、不満が生まれた。
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その施設で3年目の春、ようやく上司が替わった。
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驚いたことに一層、悩みが深くなった。
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事務室の椅子が濡らされた。
消しゴムのカスなどが机に置かれ続けた。
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2人続けて問題を起こす私が悪い。
そして恥ずかしい、とも思った。
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現場に勤務をしていない組織の長は、
事件を起こした当事者が“次のその人”であるという絶対的な確証がないからと
対策を講じることはなかった。
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仕事自体は大好きだった。
明け方に目が覚めては何度も泣きながら退職届を書いた。
その度に、どれだけ仕事を好きかを思い知るのだった。
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“次のその人”は、いるだけの人だった。
実質的に仕事を切り盛りしていた私は、心が折れた。
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2020年4月、
ようやく私はその施設から離れることができた。
違う部署へ異動したのだ。

折れた心のままで。
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勤務して21年目の春だった。
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このグラフは、この悩みの総仕上げとして作成したものである。
すでに退職することは心に決めていた。
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暗いぞ、私!
これは黒歴史なのだろうか?
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#岩橋ひかりさん
#『最強のライフキャリア論。』

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