紅茶と珈琲、そして人間

紅茶と珈琲、そして人間

今朝、いつものルーティンで紅茶を淹れたつもりが、飲もうとしたらコーヒーだった。

日常生活での私は、考えと行動がちぐはぐになることが多い。

靴を脱いだら靴下が裏返しだったり、宅配食材で泥付きと洗い人参がそれぞれ届いてしまったり、ホームベーカリーに酵母を入れ忘れて小麦粉の塊が焼き上がったり……。

家族はそんな私のことを「信じられない」と言う。
特に夫は、「絶対にそんなことはしない」と高らかに言う。

私は、家を安心安全なところと信じている節がある。

何をしても笑い話ではないかい?っていつも思う。

こんな風に一緒に暮らしてみて、知ること、判明することは多い。
18年前はよくケンカをした。
というか、注意を受けていたのかな。

仕事も同様だ。

一緒に働いてこそ、その人のことがよく分かる。

あいさつをする間柄で好印象だった人が同僚になり、幻滅することがある。

例えば、納得しない限り仕事に手をつけなかったり、そもそも仕事を受けないスタンスだったり。
私は理解に苦しみ、残念な気持ちになった。

また、立ち場が変わると結構な戦闘モードを露わにする人もいた。

単純にものごとをよりよく作り上げたい一心の私は、もどかしい想いを抱えながらやり過ごした。

ただ、このように多種多様な人を知ることは意味がある。

それこそが私にとっての経験だから。

あいまいな私は、自分の信条や信念を持ち、それを貫ける人を尊敬しているところもある。

一方で、相手にとって私の存在も、なにかを感じさせているかもしれない。

人間っておもしろい。
(雑なまとめ)

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